スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夏休み

 ブルブルル……。
 またメールが来たようだ。無視をすると、すぐにケータイが鳴った。これも出る必要はない。そう、出る必要はない――。

 奈津実は学校でいじめを受けていた。休み時間になれば集団で罵られ、放課後になれば現金を脅し取られた。プールの授業があれば下着を隠され、昼休みになると水を掛けられる。透けた制服に、いやらしい視線が突き刺さった。しかし誰も助けてはくれない。夏の暑ささえも彼女らに味方して、昼休みが終わる頃にはいじめの証拠を乾かしてしまう。
 そんないじめから、ついに解放された。一学期が終わって、顔を合わせる必要がなくなったからだ。毎日のように来ていた呼び出しメールも、七月いっぱいで来なくなった。ついに自由を手に入れたのだ。


 八月になると恒例の花火大会に行き、お盆は父親の実家に帰ることになった。そこで親しくしている男性と再会し、二人で海に行った。一年に一度のデート。奈津実はそれがとても楽しみだった。
 海の家で焼きそばを食べて、泳ぎ疲れたら砂浜に並んで座る。小学生の頃は騒いでいる時間が好きだったけど、いつしかお互いの近況を話し合う時間が好きになっていた。打ち寄せる波と夕日を見ながら、穏やかな時間が流れていく。

「なっちゃん、今年は何だか元気がないね」

 その言葉に胸が締め付けられた。

「夏休みの宿題が難しくて……」

 奈津実は、とっさに嘘を吐いてしまった。

「そうなんだ。高校生になってから、どの教科も難しすぎるよな」

 彼が溜息を漏らした。もし悩みを打ち明けていれば、何かが変わっていたかも知れない。だけど心配させたくなくて、本当のことは言えなかった。
 夕日が沈み、空に闇が忍び寄る。暗い夜の砂浜で、二人ははじめてキスをした。


 夏休みの終わりが近づくと、再びメールが来るようになった。

『早く一緒に遊びたいな』

 何気ない内容だけど、それは二学期からの陰湿ないじめを予感させるものだった。幸せな時間に浮かれていた心が、勢いをつけて絶望へと転がり落ちていく。反動をつけて、どこまでも転がっていく。

 踏み切りの遮断機が下りた。
 この中に入れば、すべてから逃げ出して楽になれるだろうか。そう思い、遮断機を潜って中に入る。すると自転車に乗っていたおじさんが、ぎょっとした表情になった。

 ブルブルル……。
 またメールが来たようだ。無視をすると、すぐにケータイが鳴った。これも出る必要はない。そう、出る必要はない――。
 死神の声が聞こえた瞬間、奈津実の身体は宙を舞った。


スポンサーサイト

やり直し

 長い入院生活から帰宅が許されて、妻が久しぶりに病院から帰ってきた。

「ただいま……」

 夏の日差しで疲れたのか、声が弱々しい。手を取って部屋に連れて行き、冷房を利かせてあげた。麦茶を注いで、部屋に持っていく。


「ねえ、この折り紙はどうしたの?」

「一緒に千羽鶴を折ろうと思って、昨日買ってきた」

「ええっ、私にも手伝わせるつもりなんだ」


 そう言われ、苦笑いで返す。麦茶を渡すと、折り紙をテーブルの上に広げた。赤い折り紙を選び、半分に折る。そしてもう一度、丁寧に半分に折る。その様子を、妻は不思議そうに見ていた。


「何してるの? 最初は三角に折るんだよ」

「あれ、そうだっけ」


 失敗したのならば仕方がない。そう思い、新しい折り紙を手に取る。


「ねえ、折り間違えたくらいで捨てちゃうの?」

「だって、一度ついた折れ目は消えないだろ。やり直したほうが綺麗に折れるじゃないか」

「それ、千羽鶴になるんでしょ。だったら、その折り紙は私と同じなんだよ。私の身体は、もうやり直せないのに」


 結婚して半年、毎日が幸せだった。しかしふと、妻の様子に違和感を感じた。何度か聞いたが気取られないようにしていたので、特に追及はしなかった。それが若年性の大腸がんを進行させることになるとは、お互いに思いも寄らなかった。

 診察を受けたときには手遅れで、直ちに大腸を摘出する手術を受けるよう薦められた。今後はストマ外来に通うことになり、経過観察後にストマクローズの手術を行うことになっている。


 妻は麦茶を飲み終えると、今しがた失敗した折り紙を手に取った。そして、ツルを折り始める。


「人も折り紙も同じ。一度ついた折れ目を何度も折り返すと、挫折して心が折れてしまう。だけどそんな折れ目も、次のステップに進む土台になってくれるの」


 四角に折って失敗した折り紙は、三角に折った次の手順で綺麗に広げることが出来た。さらに折り目を付け、それは経験として積み重ねられていく。折り紙が折り目で傷付き、優雅なツルへと形を変えていく。


「私はこの消えない傷を後悔し続けるよりも、受け入れて前に進みたい。大変だと思うけど、これからも一緒にいてほしい」

「ああ、二人で頑張ろう」


 見よう見まねで折っていたツルを置き、妻を抱き寄せる。テーブルの上では、色とりどりの折り紙の傍らで二羽のツルが寄り添っていた。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。